超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
ブラウザのバックボタンで戻ってください。
このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
それでも読む方は方はここをクリックするか、
ガンガンスクロールさせてください。
「ぷち演劇シリーズ、今回は『plametarian〜ちいさなほしのゆめ〜』で。実質、おとーさんとだけになりそうね」
「俺が屑屋で汐がほしのゆめみか……それはいいんだが」
「どうしたの?」
「お前、はいているのか?」
「そーゆーことは気にしなくていいのっ!」
バレンタインの前日、深夜。
「だんごっだんごっ……」
久々にだんご大家族を歌いながら、娘の汐がチョコレートを作っている。
汐がだんご大家族を歌うときは小さな頃から機嫌のいいときと相場が決まっているから、おそらくチョコレートづくりが楽しくて仕方がないのだろう。
それは、いい。ある意味すごくいい。台所でハミングしながらチョコレートを作る我が娘というシチュエーションは、なかなかに映えるからだ。
だが、俺にはある懸念が付きまとっていた。
『岡崎家のバレンタイン 〜ザ・ビッグC』
我が娘が明らかに大量のチョコレートを作るようになったのは、高校に入って――正確に言うのならば、演劇部に入って――からになる。
以来、汐は毎度毎度我が家にある一番大きな鍋とボールで湯煎装置を組み上げてはチョコレートを大量生産し、俺はそのたびに貰う男連中が本気になったりしないだろうか、なった場合はどうやってスパナで鼻を回してやろうかと要らぬ心配をしたものだ。
だが、今回はいささか事情が異なる。
まず、汐は大学に入ってからこれといった部活にもサークルにも入っていない。
そして、(伝聞になるが)大学というものは高校までと違ってクラスという概念は存在しない。
つまりは、だ。
汐はもう大量のチョコレートを作る必要はないはずなのだ。
それなのに、汐の前には去年と同じ巨大な鍋とボールと、大量のチョコレートがある。
これだけの量を大勢に配るために使わないというのなら、それはもう本命となるひとつの大きなチョコレートということになるのだろう。
ということは、汐は本命のチョコレートを作って、羨まけしからん誰かに渡そうとしているということになる。
――真実はいつもひとつ!
どこかの少年探偵が、そんなことを言っていた。
――その幻想を、俺がぶち壊す!
どこかの熱血高校生が、そんなことを言っていた。
俺は今、高校生の方を猛烈に支持したい。
……だが、そもそもの確証がない。
訊くのは簡単だ。だが、そこから得られる結果が怖かったのだ。
たとえば、ここで俺が汐に訊いたりしたとする。
そこでもし汐が、
「えっとね……」
とかいいながら頬を赤らめその長くすらりとした脚をもじもじとさせたりしようものなら、俺は……俺は……俺はっ……!
――いま想定しただけで、この様だ。
もし本当に汐に彼氏なぞいようものなら、直接相対した場合何をするのかがわからない。
おそらく互いの安全を確保するためには交渉人(ネゴシエイター)を通しての取引を行わねばならないが……交渉人を雇うほど、俺には余裕がない。
というわけで直接訊くという案は却下になり、俺は引き続き汐を観察するしかなかったのであった。
そこでふと、思い出したことがある。
風の噂によると、女の子は好きな相手にチョコレートを作るとき、おめかしするものらしい。
それにならい、早速汐の格好をチェックしてみる。
髪は大学に入ってからうなじの辺りをリボンで結わえるようになったが、今日は久々に長い髪を流れるままにしている。もっとも、うっかり頭髪が入らないよう三角巾を着用しているためかもしれない。
服装は、いつものと変わらない。ゆったりとしたセーターに、少し短めのスカート、そして黒いタイツを履いている。これは普段履かないものだが、元々スパッツやレギンス、トレンカ(俺が一度混同したので、その違いを汐に教えてもらったのだ)派の汐が、タイツの過激派たる風子に押し切られて履いたものだ。俺から見ると足首(場合によってはそこから少し上も)が出る出ないの差であったが、着用している汐に言わせるとそのフィット感は結構違うものであるらしい。
そしてフリルのついた可愛らしいエプロンを身につけているが、それは普段の汐に飾りっ気がないため、せめてエプロンくらいはと俺がプレゼントしたものであるから、対象外となる。
――結論を言おう。普段と変わりない。
だとすると、汐は特に本命の巨大チョコレートを作るわけではない?
いや、そうだとすると今現在進行中の巨大なボールの中にある大量の溶けたチョコレートの用途が思いつかない。
しかし汐には特にその本命を渡す相手がいないようで――。
俺が、思考の無限ループに陥りかけたときだった。
「おとーさん」
ハミングをぴたりと止め、汐がぼそっとこちらを見ずに呟いた。
「お、おう!?」
びくりと背筋を反応させてしまいながらも、出来るだけ冷静を装ってそう答える。
すると汐は、心底あきれたような顔でこちらを振り向いて、
「気付いていないみたいだから言うけど、なんか怖いからね。それ」
「え?」
何がだろうか。
「黒いオーラ出まくっているから。なんとかの暗黒卿レベルで出てるから」
「そ、そんな馬鹿な……」
娘を思いやる尊い気持ちでいっぱいだというのに……!
「おとーさん、声に出てる声に出てる。それに尊い気持ちって相手を締め上げるような視線で言うものじゃないから」
「ふおっ?」
どうやら俺は、随分とひどい顔をしていたらしい。
「い、一体いつから気付いていた?」
「気付くも何も、第一最初はちゃぶ台に座っていたのに、今じゃほぼ真後ろかじり付いているじゃない」
わたしとおとーさんの関係だから良いけど、そうでなかったら坂上師匠直伝の連続蹴りが決まっていたわよ? と溶けたチョコレートを型に入れながら、汐。
幸いというかなんというか、その型はハートの形ではなく、楕円形だった。だがしかし、それは俺の推測通りひとつ用の型であり、かなり大きい。
「それ、やっぱりひとり用か?」
「うん。そうだけど――誰に贈るつもりだと思ったの?」
「そりゃ……お前……か、かかか、彼氏とか!?」
とたん、大爆笑された。汐の肩が小刻みに震え、エプロンのフリルが可愛らしく揺れる。
「大丈夫大丈夫。心配しなくても、彼氏が出来たら真っ先に紹介するから」
「え!?」
「それとも秘密にされたい?」
型に入って冷えたチョコレートに、慣れた手つきでデコレーションを行いながら、汐。
「む……ぐぬぅ……!」
近年希にみる、重い選択だった。
「そ、それはやはりちゃんと報告を――いやまてそれだと流血の惨事に――とはいえ……!」
懊悩する俺。すると汐は安心させるように微笑んで、
「大丈夫だよ、おとーさん。本当にわたしには彼氏いないから。そもそも、このチョコレートはね――」
型から取りだし、デコレーションを終えたチョコレートをそっと差し出す汐。同時に、居間の時計が日付が代わったことを告げる。
2月14日、聖バレンタインデー。
「これ、おとーさんへのチョコレートだから」
「……え、俺?」
汐からチョコレートを受け取る羨まけしからん奴は、俺だった。
「なんでこんなに大きいんだ?」
楕円形である理由はすぐにわかった。このチョコレート自体がだんご大家族なのだ。だが、さらに凝ったことにその上にもデコレーションでたくさんのだんご大家族がいる。それはもしかすると、だんご大家族の歌詞にある、だんご達の住むだんご星を表しているのかもしれない。
「うーん……最初は去年と一緒にしちゃって分量を間違えちゃったから、このまま一気にいっちゃえと思ったんだけど」
「こらこら」
実に素直な娘だった。
「でもね、途中で考えが変わったの。ほら、来年はわたし二十歳でしょ? まだ大学生だけど、一応は大人になっちゃうじゃない。だから、その前にここまで育ててくれてありがとうって意味を込めようと……思ってね――」
――ごめん、言ってて恥ずかしくなっちゃったと、照れながら汐。
だが俺はそれどころではなかった。
久々に目頭が熱くなり、鼻の奥がつんと痛む。
正直、チョコレートよりもその言葉の方が、ずっと嬉しかった。
「ありがとう、汐。大事に食べるからな。これ」
「う、うん……こちらこそありがとう」
お互い、何とも言えない雰囲気に包まれてしまい、上手く喋られなくなる。そんなとき――。
「おーうぃー! 汐がスーパーで大量のチョコを購入したと聞いたぞおらあああああ!? 汐に彼氏出来たかもしれねえぞ戦の準備をしやがれえええええ――って小僧のかよっ!?」
深夜だというのに騒音をたてて家に飛び込んできたオッサンが、開幕五秒で自爆していた。
「ったく、焦ったぜ……んで、俺の分は?」
「あ、ごめん。あっきーのは素で忘れてた……」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ご近所の迷惑を顧みず、オッサンが絶叫する。
つられて近所の犬が遠吠えをする中、俺は汐から貰ったチョコレートをひとかけつまみ――その程良い甘みに、思わず目を細める。
それは、お互いの気持ちがひとつになれたような、そんな甘さだった。
Fin.
あとがきはこちら
「考えてみたら俺、毎年毎年チョコレートを貰っているな……」
「作者に何かされるわよ、おとーさん……」
あとがき
○十七歳外伝、朋也は心配しすぎだろう編でした。
ちなみに、わたしはここ数年身内からもチョコレートを貰っていないです。
チョコレートを、貰っていないです。
貰っていないです。
……しっとの心は父心、押せば命の泉湧く……!
さて、次回は――未定で。